基調講演に続くプレゼンテーション「東北から生まれている新たな可能性とは?」では、3人の登壇者が東北での試みを紹介しました。
まずETIC.の理事・事業統括ディレクターの山内幸治がモデレーターとして、「牧さんのお話にもあった“やる人”をいかにつくっていくか?」が鍵であろうと述べ、「東京ではなく、いちばん厳しい東北でチャレンジしている3人」の話の重要性に注意を促しました。
■行政の予算をできるだけ使わず、健康づくりとまちづくりを
石巻市でリバビリテーション複合施設を運営する一般社団法人りぷらす代表理事の橋本大吾氏は、石巻では高齢化率が32%であり、「介護が必要な方が予測よりも2.5倍ぐらい増えています」と現状を示しました。そのような現状のなか、りぷらすではさまざまな事業に取り組んでいますが、たとえば、要介護者や障害児、障害者のデイサービスに、中学生や職のない若者を参加させることを試みています。そのプロセスで、障害児と障害者と高齢者、あるいは若者と高齢者とのあいだで交流が生まれているとのこと。「高齢者が何がすごいかというと、みんなを受け入れてくださるのです」と橋本氏は言います。
そのほかりぷらすでは、要介護状態となることの予防を自ら実践する住民を増やすことを目標に、体操教室などを開催する「おたからサポーター」の育成にも取り組んでいます。「病気になってから介護するのではなく、防いでいこうということです。今年度には2000人ぐらいが参加することになります。行政の予算をできるだけ使わず、健康づくりとまちづくりをしていくのです。首都圏に応用できるモデルになれば、と思っています」
橋本氏の話を受け、山内は「1人が要介護認定を受けるといくらかかるのでしょうか?」と質問し、橋本氏は「仮に私たちのデイサービスを使うと1回6000円ぐらいです」と答えました。山内が「医療費がかかってしまうようになる前の予防として住民の方自らが体操指導をするということですが、実際の効果は?」と問うと、橋本氏は「体操を指導される人の前に、体操を指導するほうの人の“生きがい”やQOL(生活の質)が上がっているのではないかと考えていて、来年度1年かけて調べていきたいと思っているところです」と答えました。山内が「自治体や地域との協力は?」と尋ねると、橋本氏は「地域によってかかわりの密度は違うのですが、行政だけでは支えきれないと認識されている地域の方には積極的に活用していただいています。また、生活困窮や障害、介護といった問題を別々にではなく、いっしょに取り組んだほうがいいではないかということで、各地の方と連携して活動しています」と説明しました。
山内は「いかにして支えられている側が支える側にまわっていくか? そうやって地域みんなで健康を守っていく仕組みをつくっていくか? これはいま非常に注目されている取り組みの1つですね」と受け止め、次の登壇者を紹介しました。
■漁師の仕事を新3K=「かっこいい」、「稼げる」、「革新的」に
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンの長谷川琢也氏はいきなり参加者たちに「みなさんお魚好きですか?」と問いかけ、日本人が好きな食べ物のランキングでは、いまだに鮨が上位にあることを確認します。
「しかし、日本の漁師は減り続けているのです。20年で半数になっています。海産物の自給率も下がっています。好きだと言っているのに、魚食は減っているのです」
長谷川氏によれば、震災後の復興についていえば、たとえばカキの養殖はまだ半分。「漁師である親も子どもに『勉強して役場職員にでもなれ』と言っている状態です」。長谷川氏は、東北の復興をまず漁業から、漁師から盛り上げて行こうということで設立したフィッシャーマン・ジャパンのプロモーション映像を紹介しました。映像では、ロック調のBGMとともに、若い漁師たちが船上や港で活躍する姿がまるでポピュラー音楽のプロモーションビデオのように紹介されました。
「漁師の仕事は3K(キツい、汚い、危険)と言われてきましたが、これを新3K、つまり『かっこいい』、『稼げる』、『革新的』に変えていこうというビジョンで活動しています。2024年までに、三陸で、多様な能力をもつ新しい職種『フィッシャーマン』を1000人増やすつもりです」
具体的には、漁そのものだけでなく、「漁師だからこそできる加工品を」と商品開発や販売にも取り組んでいます。長谷川氏もまた「力を入れているのは担い手の育成です」と話します。そのため勉強会やイベントも精力的に行い、仲間やネットワークを増やしているといいます。また、たとえば女川では空き家をシェアハウスにして、フィッシャーマンの住居にするという試みなども実践しています。長谷川氏はあるメンバーの言葉を紹介します。「仲間がどんどん出て行ってしまう。自分たちが盛り上げたら、いつか彼らも帰ってくるかもしれない」。幸いにも最近は地元の水産高校から、卒業生を受け入れてくれ、との声もあり、長谷川氏は「挑戦は始まったばかりです」とは言うものの、成果は着実に出ているようです。
話を受けて山内が「自治体や漁協、学校も巻き込んでいるとのことですが、地元の反応は?」と尋ねると、長谷川氏は「最初は反発も大きくて、いろんなプロジェクトがつぶされかけましたが、結果を出したので態度が変わり、いっしょにやるようになりました。担い手に関しては、そういうことだったら手伝うよ、とも言ってもらっており、協力体制が大きくなっています」と答えました。
山内が「民間の漁業団体というのは全国的にも珍しいのでは?」と尋ねると、長谷川氏は「漁業ではあまりないみたいで、それもあっていろいろと問い合わせなどをいだだいています」と答えました。山内が「ハブ的な役割を担い、看板を掲げて実績を出したら、まわりがいろいろと動いてくれて、たぶん自分たちが想像している以上の動きになっているんじゃないかと思います」と感想を述べ、そのうえで「いま抱えている課題は?」と聞くと、長谷川氏はこう言いました。
「『困ってなさそうじゃん』と言われることもあるのですが、困っていて(会場笑)、漁師は去年でいうと、まだ5人ぐらいしか増えていないのですよ。売り上げとかも含めてまだまだなので、いまはまずわれわれのことを知ってもらって、もし魚が好きなら、何かお力を貸していただけたらと思っています」
■きちんと動けるチームを、セクターを越えてつくれるか?
続いてNPO法人アスヘノキボウ代表理事の小松洋介氏はまず、自分たちの活動拠点である女川町は、新しいスローガン「あたらしいスタートが世界一生まれる町へ」を掲げていることを紹介しました。小松氏によれば、女川では現在、企業や行政といった壁を取り払った恊働活動が進んでいる、といいます。
「なぜこうなったか? 女川では震災前から人口がずっと減っていました。人口減少率が日本一の町になってしまっていました。そのなかでどうやってまちをつくっていくかが課題でした。震災前は、行政、民間、NPOはそれぞれ別に動いていましたが、このままではまちがなくなるぞ、という危機意識が震災後に出てきました。このとき、町長ははっきりとこう言いました。『行政は1円も稼いだことはない。民間を使うしかない』と」
小松氏はアスヘノキボウの活動について、まちの行政と地元企業との間に入りながら、さらに地域外の各セクター、国や県、企業やNPOなどとをつなぎながら課題の解決に取り組んでいる、と紹介します。「セクターを越え、恊働事業をつくること。“ハブ”となるのが僕たちの仕事です」
具体例として、創業支援や移住支援、そして「健康と経済を動かすプロジェクト」などを小松氏は紹介しました。「漁師町は不健康なことが多いのです。健診を受けていない人もメタボの人も多い。医療費がすごくかさんでいるんです」。その一方で「この地域には豊かな食材がある」ことも小松氏は付け加えます。アスヘノキボウは現在、行政や製薬企業(ロート製薬)とも連携しながら、子ども食堂や料理教室、健診の促進などからなるプロジェクトを進行中です。「支援ではなくて、『いっしょに企てましょう』ということでやっています。成果は全部、データにして出します。ほかの地域でも応用していただけるように」
山内は小松氏に「アスヘノキボウは、自治体と深くかかわり、いろんな企業との恊働も進んでいますね。小松さんは女川でハブ的な役割を果たしていると思います。その秘訣は?」と聞きました。「そうですね、たとえば役割分担を明確にすること。女川の場合、政策や制度については行政がサポートしてくれます。私たちができない専門分野は企業さんがやってくれます。役割分担を明確にして、動けるチームを1つひとつの事業としてつくっている、ということが大きいと思います。どのパーツも欠けてはいけなくて、きちんと動けるチームを、セクターを越えてつくれるか、ということをかなり意識しています。たとえば、さきほどの健康プロジェクトについては、行政が主体でやるべき事業だと考えています。僕らはつい企業の目線で速いスピードで動かしたくなるのですが、役割とスピードを調整して、きちんと動けるようにすることを大事にしています」
小松氏はまさに、基調講演で藻谷浩介氏が言っていたように、地方に「逃げた」のではなくて中心に入り込んでいったのだと思う、と山内は述べ、最後に「小松さんから見て、面白み、可能性は?」と尋ねました。小松氏はその答えとして次のように話しました。
「可能性はすごくあります。いまは人口が増えて経済が大きくなっていく社会ではありません。地域や社会の課題1つひとつをどうやって解決していくかということを、民間と行政とがいっしょになって考えていかないといけない時代になってきたと思います。私たちは、たとえば健康プロジェクトをただやりましょうと言っているのではなく、いまメタボの人がどれくらいいて、何を実行すればどれだけの予算を圧縮できるかを全部データで示して提案しているのです。そうやって正しく考えていかないといけない時代になっています。そのなかで、民間と行政の間に入って調整しながらプロジェクトをつくる人間というのは、間違いなく必要になると思います」
山内は「次のディスカッションでは、3人からのプレゼンテーションを受けて、さらに議論が展開されると思います」と予告し、この部を終えて次につなげました。
(みちのく復興事業シンポジウムについて)
東北の自立的な復興を後押ししていくことを目的に2012年6月からスタートした企業コンソーシアム「みちのく復興事業パートナーズ」(事務局NPO法人ETIC.)が結成以降毎年3月に開催しているシンポジウム。コンソーシアムには、いすゞ自動車、花王、ジェーシービー、電通、東芝、ベネッセホールディングスの6社が参画している。(2016年5月現在)
>第4回みちのく復興事業シンポジウム「東北から地域の未来を描く〜これからの企業の役割を考える」開催レポート(1) 基調講演「東北から生まれる地域の未来とは?」