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2016年03月23日

フォーラム開催レポート(3) これからのイノベーションの源泉はどこにあるのか

第Ⅱ部では、アメリカと日本で課題に取り組む3人が「これからのイノベーションの源泉はどこにあるのか?」というテーマで対談し、アメリカでのホームレス支援の実例なども踏まえながら、NPOや社会起業家の役割について意見交換が行なわれました。

■10万人を超えるホームレスの人々が住居を

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まず、米国ニューヨークでホームレス問題に取り組んでいるコミュニティ・ソリューションズ代表兼CEOのロザンヌ・ハガディ氏が、自分たちの活動を紹介することからこのセッションは始まりました。ハガディ氏は何人かのホームレスの写真を見せました。「ニューヨークにおいてもこれだけの人がホームレスになっているのです。彼らの暮らしをどう助けたらいいのでしょうか?」

ハガディ氏らは、ホームレス1人ひとりに声がけしていくと、「ホームレスの問題はホームレス自身のほうがよく知っているという意外な結果がありました。ホームレスの人々がちゃんとした住居を得られるようにすることが解決に向けて大事なことでした」と言います。そこで、ハガディ氏らは10万人のホームレスに住居を提供することを、活動の目標に設定しました。まずはロサンゼルスやニューヨークなど9カ所のコミュニティを対象に、ホームレス1人ひとりを調査し、そのデータベースをつくるところから活動がはじまりました。

各地ごとにチームをつくり、ホームレス1人ひとりの要望を明らかにし、必要なものを整え、住居を提供し、さらに支援し続けました。その過程では、つぶれたホテルを買い取って、ホームレス用の住居を確保したということもありました。当初9カ所から始まった活動は全米規模に広がって、4年間で186カ所のコミュニティが参加しました。その結果、当初の目標通り、10万人を超えるホームレスの人々が住居を得られたといいます。「まず“イノベーター”が活動に参加し、その人を中心に周囲の人も参加するようになりました。そのことが強力なエネルギーを生み出しました」

ハガディ氏が見せたワークショップの写真には、行政関係者やボランティアだけでなく、ホームレスの人々も写っています。ホームレスのなかには、精神障害を患っている人もいれば、アルコール中毒の人もいます。「いろいろな経験から、まず住居を得ることによって、そういう問題を解決できることがわかったのです」

ハガディ氏は、数人の元ホームレスの人の写真を、ホームレスだったときのものと現在のものとを並べて見せます。服装だけでなく姿勢や表情にまで変化が現れていることは、誰の目にも明らかでした。

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「われわれがこれまで学んできたことは、ほかの組織にも提供できます」とハガディ氏は言います。「こうしたイノベーションを大切にしていきたいですね。数千人のボランティアにも協力してもらい、いままでできなかったことを解決できたのです。イノベーションによって、なんらかの風穴をあけることができると思っています」

■近くにいたホームレスの声に耳を傾けた

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ハガディ氏の話を受けて、多摩大学大学院教授でシンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏は、「まったく逆のこと」を言いたい、と話します。「ロザンヌがこうしたすばらしいことを実現できるのは、“力愛不二”のためだと思うのですよ」。“力愛不二”とは、力と愛というのは2つにして1つであり、どちらかだけでは世の中を変えることはできない、という意味です。「ロザンヌはほんとにそれを実現されている方だと思うのです」と田坂氏は言います。「プレゼンをうかがっていると、きわめて理性的に戦略を立て、人々も政府もNPOも巻き込み、データベースという言葉が出てきましたが、最先端の技術をみごとに使いながら目標を実現されていることがわかります。それは事実だと思います」

しかし田坂氏は、数年前、ニューヨークでハガディ氏と同席したときのエピソードを紹介します。ハガディ氏が会議を終え、次の会議に行こうとしたとき、道路にいたホームレスが話しかけてきたといいます。「ふつうなら『ごめんなさい』と言って去って行くでしょうね。どころがロザンヌは、ずっとその方の話を聞いていたのです」

「さきほどホームレスの方々が家を得た後でどのように変わったかという写真を見せてもらいましたが、単に、家が手に入った、寒い思いをしないで生活できるようになった、ということではないですよね。ホームレスの方1人ひとりが自分自身に対する尊厳を回復すること、それがすべての原点であり、ロザンヌの仕事の本質です。だからロザンヌは、路上で話しかけてきたホームレスに対して、その瞬間に人間としてのリスペクトを込めて、ほんの数分間でも時間を差し上げていたのです」。日本の行政などが陥りやすい過ちとして、数字や抽象的な“被災者”といった言葉で人々をひとくくりにしてしまうことがある、と田坂氏は苦言を呈しました。

■社会起業家のまわりに人が集まる理由

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NPO法人ケアセンターやわらぎの代表理事を務める石川治江氏は、田坂氏の話を受けて、「『愛なき力はただの暴力である』という言葉もあります」と述べ、ハガディ氏に「ロザンヌはどういうきっかけで、いま田坂さんがおっしゃったようになったのですか?」と問いました。ハガディ氏は「当時からソリューションがあったわけではありません。目的に向かって歩いて行こうと思ったのです。重要なのはメンバーをつくること」と、やはり戦略や技術の大切さを述べました。

石川氏もハガディ氏らと同様の調査を行おうとしたことがあるといいます。「私たちは11年間、池袋で学生たちとホームレス支援を行なっています。東京都が発表するホームレスの数字は年々減るのですけど、減っている感じがしないのですよね。何年か前、ロザンヌの話を聞いて、私たちもホームレスの調査をしようと思って厚生労働省に相談したことがあります。1人ひとりがどんなニーズを持っていて、どんな困難に会っているのか、実態調査をしたかったのですが、予算がないと言われてしまいました。ホームレスの人々の自立を支援する法律もありますが、すごく遅れています」

田坂氏はハガディ氏や石川氏の話を聞いて、「ここでいうイノベーションとは何かといえば、いうまでもなくソーシャルイノベーションですよね。社会起業家という人たちは、お金目当てでやろうとする人たちが立ち上げられない事業を、なぜ立ち上げられるのか?」と問いかけます。「その理由というのは、あまり簡単に語ってはいけないのですけど、あえて申し上げれば、“ボランタリー経済”が動くからですね」

「社会起業家のまわりに人々が集まってきて、いろんな知恵が集まる。そして知恵の集まる場にはネットワークが広がる」と田坂氏は続けます。「コミュニティのもつ文化資本など“目に見えない資本”が集まってくる。とにかくお金を儲けたいからこの事業を立ち上げるという人には、人は集まって来ないのです。なぜみんながロザンヌの呼びかけに応えて集まるかといえば、知恵を、力を、ネットワークを集めて、課題の解決に取り組むという根本的なテーマがあるからでしょう。石川さんも同じだろうと思います。その意味で、ソーシャルイノベーションは単なる1人や2人の発明家の力ではなく、多くの人々の知恵が集まることによって起きるのです」

石川氏が「どうやったら人が集まるのですか?」と問うと、ハガディ氏は、自分たちがいっしょに仕事をした人々は、仕事を始める以前からすでに友人だった、と明かします。「新しいイノベーションは、信頼に基づくことで実現できるのだと思います」

■マネー至上主義をどう凌駕していくか?

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石川氏は「今日のテーマは“これから”のことです。田坂先生はこれからのことについて、たくさんお考えをお持ちだと思うのですが、最後にメッセージを」と促しました。

田坂氏は「いちおう“戦略思考”は自分の専門なのですが、今日はなぜかこの“戦略”ということを議論しない私がいるんですね」と断りを入れ、被災地支援などに携わっている人たちが現場から戻ってしばしば言うことを例示します。「みなさん口を揃えて『自分たちが励まされた』とおっしゃるのです。『癒す者は癒される者である』ということです。誰かの助けになるということは、実は、自分自身が救われているんだということですね」

「私から見ると、ロザンヌや石川さんはふつうに“力愛不二”を実行できる人だから、自分では意外に気づいていないのかなと思いますけれども、なぜ多くの人がロザンヌや石川さんといっしょに働きたいと思うのか? そこにはやはり喜びがあるからだと思うのです。頼まれたから断れないという次元ではなく、いっしょに歩みたいと思っているからです」

石川氏も介護の現場では、しばしば「ありがとう」と言われると話します。最後に会場に向けてこう述べました。「マネー至上主義をどう凌駕していくか? 新しい価値をどうつくっていくのか、ということが大事なことではないかと、この10年ぐらい考えています」。会場のチェンジメーカーたちに大きな課題となる問いが投げかけられて、このセッションは終了しました。

 

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